池田ひろ子 – 制服をぬいだら / 友達の兄貴 (EP) 1976

池田ひろ子 - 制服をぬいだら / 友達の兄貴 (EP) 1976

『制服をぬいだら / 友達の兄貴 (EP) 』は、日本の女性アイドル歌手「池田ひろ子 」が、1976(昭和51)年「CBSソニー」から発売したセカンド・シングルEP。発売日の3月1日といえば、池田ひろ子本人が高校を卒業するタイミングだったので”制服をぬいだら”はタイムリーな1曲となった。ソロデビュー前の浜田省吾とのちに奥さんとなる林カヨコ(林加代子夫人)の共作にによるオールディーズ歌謡第2弾で、荒井由実(ユーミン)の”ルージュの伝言”風。

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池田ひろ子 – 制服をぬいだら / 友達の兄貴 (EP) 1976の詳細

池田ひろ子 – 制服をぬいだら

タイトル 制服をぬいだら / 友達の兄貴
歌手名 池田ひろ子
発売日 1976(昭和51)年3月1日
ジャンル ポップス
発売国 日本
レーベル CBSソニー
フォーマット 7インチシングル・2曲入りEP

池田ひろ子 – 制服をぬいだら / 友達の兄貴 (EP) 1976 の収録曲

  1. 制服をぬいだら
    作詞:林カヨコ 作曲:浜田省吾 編曲:竜崎孝路
  2. 友達の兄貴
    作詞:林カヨコ 作曲:浜田省吾 編曲:竜崎孝路

池田ひろ子 – 制服をぬいだら / 友達の兄貴 (EP) 1976について

池田ひろ子 – 友達の兄貴

『制服をぬいだら / 友達の兄貴 (EP) 』は、日本の女性歌手「池田ひろ子」が18歳のときに、CBSソニーから発売した2枚目のシングルEP。池田ひろ子自身が「洗足学園第一高校(私立の女子高)」を卒業する直前だっただけに、”制服をぬいだら”は本人にとっても記念的な1枚となった。

浜田省吾のファンにも有名な、”制服をぬいだら”は、愛奴が解散し4月にソロデビューが決まっていた浜田省吾とのちに奥さんとなる林カヨコが手がけたオールディーズ歌謡で、前作”恋のABC”と作風は続いている。B面の”友達の兄貴”も、浜田省吾・林カヨコのチームで、歌詞に「加代子の誕生日パーティーで」と自分の実名を入れているのがすごい。

歌手活動と並行して、1976(昭和51)年の4月からは、NHK教育テレビ『なかよしリズム』(音楽教育番組)の「歌のお姉さん」に抜擢され、レギュラー出演が3年後の1979(昭和54)年3月まで続いた。

池田ひろ子 – 制服をぬいだら の歌詞

歌詞

制服をぬいだら/池田ひろ子 1976年
作詞:林カヨコ 作曲:浜田省吾 編曲:竜崎孝路

そうよセーラー服 ぬぎ捨てて
赤いルージュつけてみたら
町で誰かすれ違っても気づかない Woh・・・

髪をすこし染めてみたのよ
家の人にきかれたら
「きっとシャンプーのせいね」って言うつもりよ
そんな私、悪い子ね

もうすぐね卒業の日も
友達ともお別れね
今までみたいに無分別では
いけない、大人の私

窓の外はチラチラ粉雪
このテスト終ったら
家には内緒で
あの人とスキーへ行くのよ
二人だけの記念なの

もうすぐね卒業の日も
先生ともさよならね
今までみたいな無分別では
いけない、大人の私
ちょっと心配ね

そうよセーラー服 ぬぎ捨てて
赤いルージュつけてみたら
町で誰かすれ違っても気づかない Woh・・・

池田ひろ子 – 友達の兄貴 の歌詞

歌詞

友達の兄貴/池田ひろ子 1976年
作詞:林カヨコ 作曲:浜田省吾 編曲:竜崎孝路

Do it Do it Dam Da Dam
友達の兄貴なの
Do it Do it Dam Da Dam
私、好きなのよ

ゆうべ、加代子の誕生日パーティーで
あの娘が私に紹介してくれた
「これがわが家の問題児 兄貴なの
でも 女の子にはいくじがないの」
だけど私はひと目ぼれ
一度に部屋がまわりはじめた
そうよ初めての恋を
抱きしめたいのよ Wow wow・・・

暖炉のあかりにユラユラてらされて
人は皆、踊りはいzめたの
私もさっそく胸ときめかせて
踊りませんかとたずねてみたら
「俺さ 踊りはどうも苦手だから
君まで皆に笑われてしまうよ」
でも大丈夫こうして
リズムにあわせて Go Go Go・・・・・・

Do it Do it Dam Da Dam
友達の兄貴なの
Do it Do it Dam Da Dam
私、好きなのよ

池田ひろ子 のシングル・レコード(ディスコグラフィ)

池田ひろ子(いけだひろこ)の来歴(バイオグラフィ)

池田ひろ子は、1957年(昭和32)年12月2日生まれの東京都豊島区の出身。本名:池田廣子。身長:156㎝ 体重:45kg スリーサイズ:B 80 W 58 H 86。特技は、タップダンス・モダンダンス・クラシックバレエ。

池田ひろ子(いけだひろこ)が16歳の時

1973(昭和48)年、池田ひろ子は「洗足学園第一高校」1年生のころ、12月30日に開催された、公開オーデション番組『スター誕生(日本テレビ系)』の第9回決戦大会で合格し、ホリプロに所属した。

池田ひろ子(いけだひろこ)が17歳の時

池田ひろ子(いけだひろこ)が17歳の時
池田ひろ子 – 恋のABC / ブルージン同志 (EP) 1975

1975(昭和50)年10月1日、いよいよ念願のデビューシングルとなる”恋のABC”を発売。作詞:安井かずみ、作曲は前年1974(昭和49)年アグネス・チャンの”ポケットいっぱいの秘密(オリコン週間6位)”と、1975年2月にキャンディーズの”年下の男の子(オリコン週間9位)”を手がけた若手の穂口雄右。

当時、イギリスから派生した1950年代後期のロックンロール(オールディーズ)のリバイバルブームが日本でも偶発しており、池田ひろ子”恋のABC”も前月9月10日に発表された林寛子”素敵なラブリーボーイ”と同じく、ロックンロールマナーの名歌謡曲といえる。

この年、池田ひろ子はTBS系バラエティ番組『ぎんざNOW』にも出演している。

池田ひろ子(いけだひろこ)が18歳の時

池田ひろ子(いけだひろこ)が18歳の時
池田ひろ子 – 制服をぬいだら / 友達の兄貴 (EP) 1976

1976(昭和51)年3月1日、高校を卒業する池田ひろ子は”制服をぬいだら”というセカンド・シングルを発表する。作詞:林カヨコ、作曲を愛奴を解散してソロデビューする前の浜田省吾が担当していて、浜田省吾マニアには有名な1曲。前作に引き続きロックンロール歌謡で、B面”友達の兄貴”も同コンビによる軽快なポップスとなっている。

歌のお姉さんに抜擢

4月には、NHK教育テレビ『なかよしリズム』という音楽系教育番組で、福沢良(歌のお兄さん)と一緒に、歌のお姉さんとしてレギュラー出演が決まり、1979年3月まで2年間続いた。

池田ひろ子 - 友達から恋人に (EP) 1976
池田ひろ子 – 友達から恋人に / さよならの意味 (EP) 1976

同年6月1日には初夏の香りがするサード・シングル”友達から恋人に”を発表。作詞:石原信一 作曲を松崎由治が担当したこの楽曲は、ホリプロがタレント発掘オーデションを開始したこの年『ホリプロ・スカウトキャラバン』のイメージソングとしてタイアップされた。

ヒットこそしなかったが、サックスがこ小気味よいリズムを奏でるロックンロール歌謡の佳曲だ。B面”さよならの意味”は、ぐっと大人っぽくなった「池田ひろ子」の歌声にうごめくベースとオーケストレーションのディスコ・サウンドが加味された76年らしいナンバー。

池田ひろ子(いけだひろこ)が19歳の時

池田ひろ子(いけだひろこ)が19歳の時
池田ひろ子 – 緑のカーニバル / わたしは舟 (EP) 1977

1977(昭和52)年2月25日、4枚目となる”緑のカーニバル”を発表。まだ未成年だった「池田ひろ子」を事務所側は、大人のイメージとして売り出そうとしていたのか、チャイナ服に30cmのスリットを入れてメディア露出をし、途中から「いけだひろこ」とすべて平仮名に改名させられ水着などのグラビア露出へ転向となった。

池田ひろ子(いけだひろこ)が19歳の時

大林亘彦監督『瞳の中の訪問者』に出演

池田ひろ子は、同年11月26日に公開された、手塚治虫の医療マンガ『ブラックジャック』の実写版映画である『瞳の中の訪問者』にテニス部員明美役として、映画デビューしている。

池田ひろ子(いけだひろこ)が20歳の時

1978(昭和53)年4月からは、いけだひろことしてTBS系『ワンツージャンプ!』という月曜日から金曜日まで放映されていた子供番組(30分)に出演。翌1979年3月30日まで、約1年間担当した。

池田ひろ子(いけだひろこ)が21歳の時

1979(昭和54)年、21歳の池田ひろ子は「いけだひろこ」に改名したものの、その後いっさいの歌手活動は止まってしまい、東京テレビ系『日本縦断民謡大全集』にアシスタントとして出演していた。

池田ひろ子(いけだひろこ)が22歳の時~24歳の時

1980(昭和55)年から、1982(昭和57)年までは、日清食品提供『3時のおじゃまクイズ(テレビ東京系)』に出演し、宮尾すすむの横でプラカードを持つアシスタント役をつとめていた。

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