讃岐裕子 – ある晴れた日に (EP) 1975

讃岐裕子 - ある晴れた日に (EP) 1975

「ある晴れた日に」は、1975年にデビューした女性歌手「讃岐裕子」(当時17歳)が同年5月25日に発売したデビュー曲。

ある晴れた日に別れた彼と、同じ「ある晴れた日」にもう一度逢いたいと切に願う女の子の気持ちを歌っています。

「讃岐裕子」の高音の歌声はフォーク歌手の「やまがたすみこ」にやや近いでしょうか。

1965年にヒットした加山雄三の”君といつまでも”にサウンドは似ていますが、1972年に大ヒットした小柳ルミ子の”瀬戸の花嫁”と1973年に同じくヒットした「藍美代子」の”ミカンが実る頃”と同じ作詞が「山上路夫」作曲が「平尾昌晃」のチームが手がけていますので、日本の古き良き風景・情景が浮かぶ作品となっています。

B面の”校庭”は、卒業してから懐かしの母校を訪れ「あの時、愛と言えなかった」片思いの彼について、アグネスチャンのような歌唱で歌っています。

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讃岐裕子 – ある晴れた日にの感想

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讃岐裕子 – ある晴れた日にの詳細

歌手名 讃岐裕子(さぬきゆうこ)
タイトル ある晴れた日に
発売日 1975年5月25日
作詞作曲 作詞:山上路夫/作曲:平尾昌晃/編曲:森岡賢一郎
カップリング曲 校庭

讃岐裕子 -ある晴れた日に の歌詞



歌詞

ある晴れた日に/讃岐裕子 1975年
作詞:山上路夫  作曲:平尾昌晃

ある晴れた日に あなたと海辺で別れた
空も海も青くて 美しく澄んでた
あなたを想い たずねて来た浜辺
あの日のように海が 明るく唄う
今ならばついてゆけるのよ
恋しい人だから
ある晴れた日に も一度逢いたい

ある晴れた日に
あなたはさよなら言ったの
いつか二人逢おうと 約束を残して
あれから愛を 育てて 待ってるの
私のせいねみんな 許してほしい
今ならばあの人の愛が
私はわかるのよ
ある晴れた日に も一度逢いたい

話してみるの波に 悲しくなって
今ならばあの人のために
つくしてあげられる
ある晴れた日に も一度逢いたい

讃岐裕子 – 校庭 の歌詞


歌詞

校庭/讃岐裕子 1975年
作詞:山上路夫  作曲:平尾昌晃

通りがかりに寄ったの
日暮れ近づく校庭に
ここに三年私は
そうよ通ったの
放課後いつも
テニスをしてたあなたを待ったわ
金網ごしに
今でも私 呼びそうよ

どこにいるかしら
好きな あの人は
今も逢いたいのよ
忘れられないの

壁の時計も そのまま
古い銀杏も同じまま
明日またね と誰かが
家路めざすわ
二階のそうよ右はじ
同じクラスで学んだ
瞳がいつもきれいな
そんな 人でした

愛と言えないまま
別れたけれども
今も逢いたいのよ
忘れられないの

どこにいるかしら
好きな あの人は
今も逢いたいのよ
忘れられないの

当時、近くのデパートで「シャインの秋」のイベントがあり、その場で『メリー・ゴー・ラウンド』のレコードを買って、サインしてもらいました。イベントのTシャツももらいましたよ。”ミッド・ナイト・レインボー”と””ルージュの愛”がテンポが良いので大好きです。

ユーミンから楽曲をもらった”夕映えの帰り道”が大好きですが、アルバムには入っていないですね。当時は『メリー・ゴー・ラウンド』は、擦り切れるほど聴きました。讃岐裕子さんがテクニクス横浜のコーナーに出演すると聞いて、すぐ横浜三越に向かったのも良い思い出です。

CMに出演していたときの讃岐裕子さんが、好きでした。個人的には”ひとりぼっちのあなたに”を切なく歌う彼女がお気に入りです。

讃岐裕子の「かわいらしい顔」がタイプです。さすがプロのアイドルで、顔だけでなく甘えるような澄んだ歌声と、キーの高さを初めて聴いたときは驚きでした。当時18歳でしたが、彼女の音楽を聴けば、いつでもあの頃に戻れます。素晴らしい歌手が日本にいたことをもっと知ってもらいたいです。

讃岐裕子さんは、どういう歌手?

讃岐裕子さんは、どういう歌手?

1958年(昭和33年)1月9日生まれ 渡辺プロダクション所属。

神戸生まれの東京都世田谷区出身「讃岐裕子」は、平尾昌晃歌謡教室へ通いながらバラエティ番組『ぎんざNOW!』(TBS系夕方5時~)の素人勝ち抜き歌合戦のような番組で、次々と勝ち抜き準決勝はベッティ&クリス”白い色は恋人の色”、決勝は小坂明子の”あなた”を歌い優勝しました。

それをきっかけに、渡辺プロダクションにスカウトされた「讃岐裕子」は、1975年5月25日に”ある晴れた日に”で歌手デビューを果たします。

“瀬戸の花嫁””ミカンが実る頃”でヒットを飛ばしていた作詞:山上路夫 、作曲:平尾昌晃のチームが作った楽曲で、当時17歳だったかわいらしい「讃岐裕子」がしっとりと歌っています。

同じ年の1975年11月25日に、2ndシングル”白い花の下で”を発売するもヒットせず。

少し波に乗り出したのが、1977年でデビューして2年後の19歳のころ。のちに柏原よしえがカバーして大ヒットした”ハロー・グッバイ”を3rdシングルとして発売しNHK『レッツゴーヤング』など歌番組にも出演しました。

CMでは名糖アルファベット・チョコで可愛いい声を、マルコメ味噌では「味噌づくりの味付けに失敗」してキィー!アッジャー!と全然気にしない明るいキャラクターを演じていました。

ラジオ番組ではアシスタント、『ぎんざNOW』では火曜日に桜金造と近田春夫と一緒に「洋楽コーナー」を担当し、朝日放送の霊感ヤマ感第六感にも出演していました。

キスミー・シャインリップ

同年、さらに事務所は伊勢半とタイアップして光る口紅「キスミー・シャインリップ」に讃岐裕子を起用して、紙面と4thシングル”シャインの秋”とフルアルバムLP『メリー・ゴー・ラウンド』をリリースしました。

讃岐裕子

銀座の日立Lo-D(ローディ)プラザでライブ活動をしたりと活発でしたが、大ヒットにはつながらず、さらに2年後の1979年にはラストシングル”夕映えの帰り道”を、讃岐ゆう子名義に改名して発売後、芸能界を引退しました。

讃岐裕子のディスコグラフィ

1975
1975-05-25

ある晴れた日に (EP)

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