讃岐裕子 – ハロー・グッバイ (EP) 1977

讃岐裕子 - ハロー・グッバイ (EP) 1977

「ハロー・グッバイ」は、女性アイドル歌手「讃岐裕子」が1977年3月25日に発表した3ndシングルです。

作詞喜多條忠、作曲小泉まさみが手がけた”ハロー・グッバイ”は、元々1975年12月にアグネス・チャンの”冬の日の帰り道”のB面曲として収録されたもので、今回「讃岐裕子」が2番目の歌詞を変更してA面として、シングルリリースしました。

讃岐裕子のバージョンにはヒットがなく(オリコン71位)終わりましたが、1981年に柏原よしえによってカバーされた”ハロー・グッバイ”は、オリコン最高6位・売上60万枚を超える大ヒットとなりました。

B面の”めぐり逢うために”は、彼女の高音に合うカントリー・ポップス系のサウンドで、シモンズや初期の高木麻早を彷彿とさせます。

別れてしまった彼と再会して思い出し、「めぐり逢えても、もう戻れない」二人の関係をさらっとカントリースタイルで歌い上げています。

あわせて読みたい

讃岐裕子 – ハロー・グッバイの感想

評価投稿数: 0
0

情報を追加する


Submit your review
*必須項目です

讃岐裕子の他の作品

讃岐裕子 – ハロー・グッバイの詳細

歌手名 讃岐裕子(さぬきゆうこ)
タイトル ハロー・グッバイ
発売日 1977年3月25日
作詞作曲 作詞:喜多條忠/作曲:小泉まさみ/編曲:竜崎孝路
カップリング曲 めぐり逢うために

讃岐裕子 -ハロー・グッバイ の歌詞



歌詞

ハロー・グッバイ/讃岐裕子 1977年
作詞:喜多條忠  作曲:小泉まさみ

紅茶のおいしい喫茶店
白いお皿に グッバイ…バイ… バイ
そしてカップにハローの文字が
お茶を飲む度 行ったり来たり

できることなら 生まれ変われるなら
私 こんなかわいいカップになりたい
あなたは銀のスプーンで
私の心をくるくるまわす

レースの飾りの向うには
窓に映った プラタナス…ウ…ウ
吹き来る風は まだ冷たくて
まるであなたの手のひらみたい

できることなら 生まれ変われるなら
私 春のきれいな夕陽になりたい
静かにそっと燃えながら
あなたの心にしずんでみたい

紅茶のおいしい喫茶店
白いお皿に グッバイ…バイ… バイ
そしてカップにハローの文字が
お茶を飲む度 行ったり来たり

讃岐裕子 – めぐり逢うためにの歌詞

讃岐裕子 - めぐり逢うためにの歌詞

歌詞

めぐり逢うために/讃岐裕子 1977年
作詞・作曲:喜多條忠

想い出 あの日の事は
笑って 話しましょう
しばらくぶりだわ
変わりはないの
まさか貴方に出逢えるなんて
思いがけなくて
そよ風 よりそえば
あの頃みたいです

恋人のままでいられたら
こんな遠い春に
待ちくたびれないで
すんだものを
めぐり逢えても
あの日の恋に
もう もどれませんか

何度も 貴方の事を
ふりかえりながら
やさしい ほほえみ
おぼえて おくの
気がつきました 落ちたマフラー
ひろってくれた時
小さく光った
銀色の指輪を

恋人のままでいられたら
こんな長い冬に
心を閉ざさずに
すんだものを
めぐり逢えても
あの日の恋に
もう もどれませんか

当時、近くのデパートで「シャインの秋」のイベントがあり、その場で『メリー・ゴー・ラウンド』のレコードを買って、サインしてもらいました。イベントのTシャツももらいましたよ。”ミッド・ナイト・レインボー”と””ルージュの愛”がテンポが良いので大好きです。

ユーミンから楽曲をもらった”夕映えの帰り道”が大好きですが、アルバムには入っていないですね。当時は『メリー・ゴー・ラウンド』は、擦り切れるほど聴きました。讃岐裕子さんがテクニクス横浜のコーナーに出演すると聞いて、すぐ横浜三越に向かったのも良い思い出です。

CMに出演していたときの讃岐裕子さんが、好きでした。個人的には”ひとりぼっちのあなたに”を切なく歌う彼女がお気に入りです。

讃岐裕子の「かわいらしい顔」がタイプです。さすがプロのアイドルで、顔だけでなく甘えるような澄んだ歌声と、キーの高さを初めて聴いたときは驚きでした。当時18歳でしたが、彼女の音楽を聴けば、いつでもあの頃に戻れます。素晴らしい歌手が日本にいたことをもっと知ってもらいたいです。

讃岐裕子さんは、どういう歌手?

讃岐裕子さんは、どういう歌手?

1958年(昭和33年)1月9日生まれ 渡辺プロダクション所属。

神戸生まれの東京都世田谷区出身「讃岐裕子」は、平尾昌晃歌謡教室へ通いながらバラエティ番組『ぎんざNOW!』(TBS系夕方5時~)の素人勝ち抜き歌合戦のような番組で、次々と勝ち抜き準決勝はベッティ&クリス”白い色は恋人の色”、決勝は小坂明子の”あなた”を歌い優勝しました。

それをきっかけに、渡辺プロダクションにスカウトされた「讃岐裕子」は、1975年5月25日に”ある晴れた日に”で歌手デビューを果たします。

“瀬戸の花嫁””ミカンが実る頃”でヒットを飛ばしていた作詞:山上路夫 、作曲:平尾昌晃のチームが作った楽曲で、当時17歳だったかわいらしい「讃岐裕子」がしっとりと歌っています。

同じ年の1975年11月25日に、2ndシングル”白い花の下で”を発売するもヒットせず。

少し波に乗り出したのが、1977年でデビューして2年後の19歳のころ。のちに柏原よしえがカバーして大ヒットした”ハロー・グッバイ”を3rdシングルとして発売しNHK『レッツゴーヤング』など歌番組にも出演しました。

CMでは名糖アルファベット・チョコで可愛いい声を、マルコメ味噌では「味噌づくりの味付けに失敗」してキィー!アッジャー!と全然気にしない明るいキャラクターを演じていました。

ラジオ番組ではアシスタント、『ぎんざNOW』では火曜日に桜金造と近田春夫と一緒に「洋楽コーナー」を担当し、朝日放送の霊感ヤマ感第六感にも出演していました。

キスミー・シャインリップ

同年、さらに事務所は伊勢半とタイアップして光る口紅「キスミー・シャインリップ」に讃岐裕子を起用して、紙面と4thシングル”シャインの秋”とフルアルバムLP『メリー・ゴー・ラウンド』をリリースしました。

讃岐裕子

銀座の日立Lo-D(ローディ)プラザでライブ活動をしたりと活発でしたが、大ヒットにはつながらず、さらに2年後の1979年にはラストシングル”夕映えの帰り道”を、讃岐ゆう子名義に改名して発売後、芸能界を引退しました。

讃岐裕子のディスコグラフィ

1975
1975-05-25

ある晴れた日に (EP)

讃岐裕子 - ある晴れた日に (EP) 1975

作詞:山上路夫/作曲:平尾昌晃/編曲:森岡賢一郎 C/W 校庭 山上路夫/作曲:平尾昌晃/編曲:森岡賢一郎 「ある晴れた日に」は、1975年にデビューした女性歌手「讃岐裕子」(当時17歳)が同年5月25日に発売したデビュ ...

1975-11-25

白い花の下で (EP)

讃岐裕子 - 白い花の下で (EP) 1975

作詞:林春生/作曲:三木たかし C/W 寒い朝に 作詞:林春生/作曲:三木たかし 「白い花の下で」は、1975年にデビューした女性歌手「讃岐裕子」が同年11月25日(17歳のとき)に発表した2ndシングルです。 情報を追 ...

1977
1977-03-25

ハロー・グッバイ (EP)

ハロー・グッバイ (EP)

作詞:喜多條忠/作曲:小泉まさみ/編曲:竜崎孝路 C/W めぐり逢うために 作詞・作曲:小泉まさみ/編曲:青木望 「ハロー・グッバイ」は、女性アイドル歌手「讃岐裕子」が1977年3月25日に発表した3ndシングルです。 ...

1977-09-25

シャインの秋 (EP)

シャインの秋 (EP)

作詞:伊藤アキラ/作曲:平尾昌晃・加瀬邦彦/編曲:馬飼野康二 C/W ルージュの愛 作詞:伊藤アキラ/作曲:加瀬邦彦/編曲:馬飼野康二 「シャインの秋」は、女性アイドル歌手「讃岐裕子」が1977年に発表した4枚目のシング ...

1977-11-25

メリー・ゴー・ラウンド (LP)

メリー・ゴー・ラウンド (LP)

『メリー・ゴー・ラウンド』は、女性アイドル歌手「讃岐裕子」が1977年11月25日に発表したファーストアルバム。4枚目のシングル”シャインの秋”が発売に合わせて制作されたものです。 メリー・ゴー・ラウンド 作詞:三浦徳子 ...

1979
1979-06-25

夕映えの帰り道 (EP)

夕映えの帰り道 (EP)

作詞:呉田軽穂/作曲:南佳孝/編曲:徳武弘文・藤田大士 C/W 作詞:呉田軽穂/作曲:南佳孝/編曲:徳武弘文・藤田大士 「夕映えの帰り道」は、1979年の6月25日に発売された「讃岐裕子」の5枚目となるラストシングルです ...

1970年代女性アイドル

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

コメント

この記事へのコメントはありません。

コメントする